2016年12月20日

企業内法務を教える中で気づいたこと(元記事)

 教えるということは、教えられる者以上に、教える者にいろいろな気付きを与えてくれるという、今更ながらのお話し2つです。すみません。

(1)今、所属校のロースクールで、企業内法務に関する科目を3コマ担当している。企業内リーガルセクションフォーラム・プログラムという、法科大学院から企業内法務への接続を容易にするために、企業内法務を概観する授業(端的に言えば、法務部門の新人研修の一部前倒し)を春学期と秋学期に1コマずつ計2コマ、そして模擬契約交渉や模擬トラブル対応などの演習中心の実務基礎科目1コマである。
 実際授業を開始するまでは、かつて企業法務部門に所属していた際に行っていた法務社員向けの研修の要領かなとイメージしていたのだが、いざ始めてみると大きく違うことに気付いた。法務社員であれば、たとえ新人であっても、現場最前線にいるのは間違いなく、肌感覚で、仕事とは何か、会社とは何か、経営とは何か、企業内法務とは何かを日々感じている。そして、そのことを当然の前提として、研修は設計され実施される。しかし、学校の場合、受講者は学生であるため(しかも多くは社会人経験を有しない)、企業内法務について語る前に、そもそも仕事とは何か、会社とは何か、経営とは何かを説明しなければならないのである。逆にいえば、企業内法務が、どれだけ、会社や経営と結びついたものかを改めて認識した次第である。
 また、授業を進める中で、実務に関する科目とはいえ、実務経験のない学生に、教室内で実務を実務として教授するのは、水泳経験のない者を畳の上で泳がせて泳ぎ方を教えるようなものであって、決して効率的ではないことも気付いた。やはり、教室での教育には、一定程度抽象化・体系化した知識を教えることが求められる。基礎的な知識を一応身につけた者に経験させると、知識は定着し、経験を素早く吸収するのではないかと思っている。
 そこで、授業では(乏しい)経験からひねり出すようにして、企業内法務についての考え方を自分なりに抽象化、体系化して解説しようと努力している。(全15回の授業の内、企業内法務の最前線で活躍されている方をゲスト講師として計7回招いているが、ゲスト講師の授業を楽しみにしているのは学生ばかりではなく、私も楽しみにしている。それぞれの講師の、企業内法務観を90分間聴けるのは、滅多にない機会で大変贅沢な話しだと恐縮している。)
 例えば、(あくまでも私見であるが)企業内法務担当者に求められる汎用的基礎力として、リーガル・マインド、ビジネス・センス、マネジメント・スキルの3つを提唱しているのだが、企業内法務について授業を担当しなければ、ここまで煮詰めて考えることはなかったろう。
 いずれの気付きも、最前線で実務に携わられている方からすれば、何を温いことを、とおしかりを受けるかもしれないが、企業内法務教育を担当する立場を活かした形で、企業内法務と向き合い、企業内法務業界(?)になにがしかの貢献ができればと思っている。

(2)ロースクールの他にビジネススクールにも出講しており、そこでは、企業法務全般についての概説講義を担当している。受講生のほとんどは、法学部出身者ではなく、また社会人経験を有する者も多い。
 あるとき授業で、特許権制度の概要を解説したことがあった。特許権の一生として、出願>出願公開>審査請求>審査>特許査定>設定登録>存続期間満了、という大きな流れを、ところどころ大学入試にたとえながら説明した(例:「大学入試の場合願書を出す、すなわち出願することをしないと始まりませんが、特許権もそれと同じで、まず出願が必要です。」「審査は、入試の採点みたいなものです。特許査定は合格通知。そして、入学するためには、合格通知をもらっただけではダメで、入学手続きが必要なのと同様に、特許査定を受けて設定登録しないと晴れて特許権は発生しない」など)。
 一通りの説明終了後、ある学生が挙手して「出願公開は避けられないのですよね。そして、特許権が発生するのは、審査を経て設定登録をすませてからなのですよね。とすると、公開から設定登録の間までに、公開された情報をみてマネされたらどうなるのでしょうか。発明した会社としては損害を受けることになると思うのですが。」という趣旨の質問をしたのである。いうまでもなく、この質問は、出願公開による補償金請求権制度の制度趣旨を端的に言い表している。
 素晴らしい質問に、正直驚いた。自分が特許法について初めて学んだときのことを思い出すと、制度として説明されて初めて、なるほど確かにそういう不都合があるなあ、と思ったものであるが、質問した学生は、自力で、その不都合に気付いたのである。
 そのとき思ったのは、自分は法律や法制度を、いつの間にか、何か自立した存在・対象のように捉えているのではないか、ということであった。実際には、社会や経済の仕組みと結びついて存在しているにもかかわらずである。特に、企業法務に関わる法律は、企業活動に密接に結びついている。結果、具体的な法律は知らなくても、企業活動自体をよく理解していると、そこから思考を進めれば、関係する法律の要諦に、自ずとたどり着けるのである。
 これは、かなり示唆的かもしれない。経営者が、ビジネス部門が、法務の説明を理解してくれない。往々にしてあることなのだが、その原因は、先方の理解不足もあるだろうが、一方で、法務の側が、彼・彼女らと同じ程度にビジネスを理解できていないために、ビジネスサイドの思考の進展を促せていない可能性があるのだろう。
 このときも、教えることは、教えられる以上に、学ぶことが多いのだと気付いた次第である。

 日々勉強である。