2020年01月01日

Digital & Law 研究室

デジタル技術と法律の交錯領域を研究するDigital & Law 研究室へようこそ。
このサイトは、知的財産法と企業内法務とを研究している奥邨弘司が運営しています。

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2018年01月01日

論文

 近刊 New
  「人工知能が生み出したコンテンツと著作権」
                  パテント 2017年2月号(掲載予定)

 近刊 New
  「人工知能における学習成果の営業秘密としての保護」
                土肥一史先生古稀記念論文集(掲載予定)

 近刊 New
  「アメリカ法 ー著作権法による応用美術の保護と限界ー」
                      著作権研究43号(掲載予定)
 2016年12月
  「応用美術 トリップ・トラップ事件」
                     著作権法判例百選(第5版)

 2016年12月
  「GS Media BV v. Sonoma Media Netherlands BV事件
   欧州司法裁判決(2016年9月8日)の概説
    〜インターネット上に無断アップロードされた著作物へのリンクが
     侵害となる条件〜」
                 Softic Law News 151号

 2016年12月
  「AI および関連するデータなどに関する知財制度上の扱い」
         知的財産戦略本部新たな情報財検討委員会(第2回)
                         [議事録も近刊]

 2016年10月
  「著作権法 》 THE NEXT GENERATION
          〜著作権の世界の特異点は近いか?〜」
                     コピライト 666号

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2017年06月04日

それはインベーダーの侵略ではじまった 〜テレビゲームと著作権の40年史〜

第1章 スペース・インベーダー・パートU事件

【1】大ブーム

 いまから約40年前の1978年、その後たちまちのうちに、日本中を熱狂させることになるビデオ・ゲーム(当時は、テレビ・ゲームと呼ばれていた)が発売された。それは、タイトーの手による「スペースインベーダー」であった。
 スペースインベーダーは、日本のシューティングゲームの元祖といえるビデオ・ゲームである。画面上部のインベーダーは、隊列を組んで左右移動しながら、プレーヤーが操作する「自機」をビームで攻撃してくる。プレーヤーは、画面下部に4つあるトーチカに隠れるなどして自機をビーム攻撃から守りつつ、インベーダーに反撃する。もっとも、トーチカもインベーダーのビーム攻撃で徐々に破壊されるので、時間の経過とともに形勢は不利になる。しかも、インベーダーの隊列は徐々に下降し、スピードが上昇してくる。ときどき、最上部を右から左にUFOが飛来することがあり、これを撃墜するとボーナス点を獲得することができた。自機がすべて破壊されたり、トーチカがインベーダーに占領されると、ゲームオーバーである。
 スペースインベーダー以前に流行していた「ブロック崩し」などとの違いは、プレーヤーも敵も攻撃する双方向攻撃型である点にあり、敵の攻撃をかわしながら反撃するという要素が、ファンを引きつけたとされる[1]

P1.jpg

<図1[2]


 スペースインベーダーの筐体には、ゲームセンターなどでよく見るアップライト型と最近はあまり見ないテーブル型の2種類が存在した。

 業務用ゲーム機といえば、アップライド型の筐体が一般的であるが、この場合、広い設置スペースが必要となるため、ゲームセンターなどでも、導入できる台数は限られる。一方、テーブル型の筐体の場合、必要なスペースは限定的な上、既存のテーブルと置き換えるのであれば、テーブルの数だけゲーム機を導入することができる。



P2.jpg

<図2 アップライト型[3]



P3.jpg

<図3 テーブル型[4]


 現に、当時の新聞をみると、お茶の水のクラシック音楽とコーヒーが自慢の喫茶店が、20台のゲーム機を導入して、売上げが3倍以上になったなどと紹介されている[5]。自身の当時の記憶を辿ってみても、実家のある田舎町でインベーダー・ゲーム[6]といえば、ゲームセンターではなくて(そもそもゲームセンターが近くにあったような記憶がない)、喫茶店に置かれているものであり、町中の喫茶店は軒並み、テーブルをゲーム機のそれに置き換えていた。大流行を支えた一つは、テーブル型筐体の存在だったに違いない。(もっとも、ゲーム機は当時で1台50万円程度したらしいので、複数台導入するのは費用負担が大変だったようにも思われるが、同じ新聞記事によると、繁華街なら1日1台で2万円以上売り上げるため、1ヶ月前後で元が取れるような状況だったらしく、むしろ先を争って導入していたようである。なお、ゲームは1回100円[7]だったが、当時小学生だった筆者の月の小遣いは数百円程度であり、高すぎた。友人達にしても状況は一緒だった。そのため、筆者にとっては、大人がインベーダー・ゲームに熱中していたイメージが強い。ブームを支えたのは、子供ではなく大人だったと思う。)

 発売後1年を経ていない1979年4月の時点で、「普及台数は約10万台。年末には、25万台まで伸びるとみられている。[8]」という大ヒットであった。このような状況は、タイトー自身も予想していなかったようで、「アミューズメント・マシン・ショーに出品したところ、たちまち大反響。生産能力の10倍近い注文が殺到したという。[9]」ような状況であった。加熱する需要と、それに追いつかない供給力、その間隙を埋めたのは、後続企業の市場参入だった。ブームを受けて20社以上が、インベーダー・ゲーム業界に参入したのである。色々差し障りがあるかもなので具体名は控えるが、今では有名なメーカーも軒並み参入していた。

 つりゲーム事件を例に挙げるまでもなく、現在でも、あるゲームがヒットすると、後続企業が似た感じのゲームを市場投入するケースがしばしば見られるが、当時は今とは比較にならなかった。例えば、インベーダーのデザインやトーチカのデザインが少し異なるだけとか、インベーダーの並ぶ列の数が違うだけなど、類似の程度が高いものも少なくなかったようである。「これまでオリジナル作品のコピーは、ハード、ソフト共に常識で、1社がヒット作を出すと他者が一斉に追随、互いに持ちつ持たれつの関係を保ってきた。[10]」という当時の新聞の記述を読めば、状況は自ずと知れよう。知的財産権が重視され、コンプライアンスが厳しく問われる今となっては想像もつかないが、日本も40年前はこんな状況だったのである。

 ところで、ここで取り上げるのは、その中でもそっくりそのまま、まさしくデッド・コピーのケースである。


【2】訴訟に至るまで

 判決を元に、訴訟に至るまでの経緯を整理しよう。

 原告であるタイトー(以下、法律関係の文章の慣例に従って、Xとする)は、スペースインベーダーの改良版である「スペース・インベーダー・パートU[11]」を、19798月以降販売または賃貸していた。なお、スペース・インベーダー・パートUのプログラムは、裁判の当事者ではないA社の従業員が職務上作成したものであり、XはA社からその著作権を譲り受けていた。

 被告会社(以下、Yとする)は、顧客から注文を受けると、顧客が保有するゲーム機(スペース・インベーダー・パートU以外のゲーム機)からCPUROMなどが搭載されたシステム基板を取り外して預かり、それを下請けであるB社やC社に持ち込んだ。B社・C社では、Yの指示に基づき、何らかの方法でゲーム機から取りだしてたスペース・インベーダー・パートUのプログラム(以下、判決の表記にあわせて、本件プログラムという)を、持ち込まれたシステム基板上のROMに記録する作業を行った。作業を終えたシステム基板を顧客のゲーム機に取り付けると、スペース・インベーダー・パートUがプレイできるようになるわけである。つまり、Yは、顧客のゲーム機をスペース・インベーダー・パートU機に改造する作業を引き受けていたことになる。Yは、19799月上旬から10月下旬までの丸2ヶ月の間に合計27機の改造を行っていた。

 Xは、Yの行為が、自身が本件プログラムについて有する著作権(複製権)を侵害しており、それによってXは損害を受けているとして、Yに対して損害賠償を請求する訴訟を東京地裁に提起した。


【3】判決とポイント解説

(1)プログラムは著作物になり得るか

 この訴訟のポイントは大きく2つあった。ひとつは、コンピューター・プログラムが著作物になり得るか否かという点であり、今ひとつは、ROMに記録されているプログラムを他のROMに記録することが複製に当たるか否かという点であった。

 「コンピューター・プログラムは著作物になり得るか?」 今となっては自明のようにも思われる問いかけであるが、当時は大問題であった。現在著作権法を見ると、著作物を例示する101項には、9号として「プログラムの著作物」が例示されているので、コンピューター・プログラムが著作物となり得ることについて疑問を抱く人はいないだろう。しかしながら、当時、9号は存在せず、9号を追加する法改正が行われるのは、本判決の後の1985年(198611日施行)のことであった。

 しかも、著作物といえばこれまで、小説や、絵画、音楽、映画などのように、文化・芸術の分野の創作物を指してきたところ、プログラムは、コンピューターに対する指示・命令の集合体に他ならず、従来の著作物のイメージとは大きくかけ離れており、プログラムを著作物に含めることには少なからぬ躊躇があったのである。

 しかしながら、そもそも101項は、著作物を「例示」しているに過ぎないので、そこにリストアップされていないからといって、著作物になり得ないというわけではない。著作権法2条11号は、「思想または感情の創作的表現であって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」を著作物と定義しているから、101項にリストアップされていないものであっても、この定義に当てはまれば著作物となる。同様に、この定義に当てはまるならば、一見従来の著作物とはかけ離れたように見えるものであっても、やはり著作物として保護されるのであって、それを排除する理由はないということになる。つまり、コンピュータ・プログラムが著作物になる得るかどうかは、著作物の定義を満たすかどうか次第ということになる。

 ところで、先に挙げた著作物の定義は、一般に、@思想または感情の表現であること、A創作的な表現であること、B文芸・学術・美術または音楽の範囲に属する表現であること、という3つの要件に分解される。スペース・インベーダー・パートU事件の判決[12]は、本件プログラムが、この3つの要件を満たすことを丁寧に説明している。該当部分を見てみよう。

「本件プログラムは、本件ゲームの内容を本件機械の受像機面上に映し出すことを目的とし、その目的達成のために必要な種々の問題を細分化して分析し、そのそれぞれについて解法を発見した上で、その発見された解法に従って作成されフローチャートに基づき、専門的知識を有する第三者に伝達可能な記号語(アッセンブリ言語)によつて、種々の命令及びその他の情報の組合せとして表現されたものであり、当然のことながら右の解法の発見及び命令の組合せの方法においてプログラム作成者の論理的思考が必要とされ、また最終的に完成されたプログラムはその作成者によって個性的な相違が生じるものであることは明らかであるから、本件プログラムは、その作成者の独自の学術的思想の創作的表現であり、著作権法上保護される著作物に当たると認められる。」

 先に挙げた3要件、いずれも「表現であること」で終わっていることから分かるように、著作物であるために最も重要なのは、「表現であること」である。ここで問題となってくるのは、コンピューター言語(判決中では、記号語とされている)で記述されたプログラムは、文字の連続体であり、一見、文章などと似ているようにみえるものの、それは一般人には意味不明であり、果たしてそのようなものでも表現と呼べるか否かである。これに対して判決は、コンピューター言語は、一般人には意味不明であっても、専門的知識を有する者にはその内容が伝達可能であると述べて、その表現性を肯定している。

 次に、表現の対象が思想または感情であるか否か(要件@)について、判決は、ゲームを実現するという目的達成のために、プログラマは様々な解法を考えだし、それらを組み合わせる必要があるが、それは論理的思考を必要とする学術的思想であると述べている。

 さらに、表現に創作性があるか否か(要件A)について、判決は、最終的に完成されたプログラムにはプログラマによって個性的な相違が生じることを指摘している(注:著作権法においては、著作者の個性が発揮されていれば創作性が肯定される)。

 最後に、本件プログラムは、学術的思想の創作的表現であると述べ、「文芸、学術、美術、または音楽の範囲」に含まれる表現であること(要件B)を肯定している。

 このように、スペース・インベーダー・パートU事件の判決は、ビデオ・ゲームの「プログラム」としての側面が著作物に当たり得ることを示したわけであるが、その論理は、ビデオ・ゲームのプログラムに限らず、全てのプログラムに適用されるものであり、後の著作権法改正にもつながる、大きな意義を有していたと評価されている[13]

 なお、ビデオ・ゲームの「動く映像や音楽」が、著作権法上どのように評価されるかは、この判決ではなく、次に続くパックマン事件判決で明らかにされることになる。


(2)ROMから読み出してROMへ記録することは複製か

 本件プログラムが著作物だとしても、それは、アセンブラと呼ばれる変換ソフトウェアによって、CPUが理解可能な数字の羅列である機械語の形式(オブジェクトコードとも呼ばれる)に変換され、その後さらに、デジタルデータの形に変換されて、スペース・インベーダー・パートUのゲーム機のROMに記録されている。Y(正確には、その指示で下請けであるB社またはC社)は、ゲーム機のROMに記録されている本件プログラムを取り出し、それを顧客から預かったシステム基板上のROMに記録したわけである。

 現在の目で考えれば、Yの行為はデジタルデータのコピーであり、これが複製に当たることに、疑問の余地はないように思われる。例えば、書類をコピー機でコピーすることと、スキャナーで読み取ってメモリーカードにデジタルデータの形式で記録すること、いずれも差はないはずである。もし、前者は著作権法上の複製だが、後者は複製には当たらないということになると、誰もが奇異に感じるだろう。

 そもそも、著作権法上、複製とは「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(2115号)をいう。この内「印刷、写真・・・」の部分は例なのであまり拘る必要はないから、結局ポイントは何らかの方法で「有形的に再製する」ことになる。「有形的に再製」とはどういう場合をいうのだろうか。一番分かりやすいのは、コピー機で書類をコピーするような場合だろう。もう一つ同じ書類が出来上がるのは、有形的な再製の典型ということができるだろう。この事件でも、Yの行為の前後で、本件プログラムを記録したROMの数は増えているのであるから、Yの行為が有形的な再製=複製に当たることは明らかだろう。

 もっとも、当時は、デジタルデータ形式で著作物を記録すること、またそうやって記録されたデジタルデータを別の記録媒体にデジタルデータで記録することは、いまのように一般的なことではなかった。そもそもデジタルデータ自体が身近な存在ではなかった(ちなみに、CDが発売されるのは1982年のことである)。そのため、判決は、Yの行為が複製に当たることを、丁寧に説明している。長くなるが、引用しよう。

「本件機械のコンピューター・システムのROMに収納されている本件オブジェクトプログラムは、本件プログラムに用いられている記号語(アッセンブリ言語)を、開発用コンピューター等を用いて、コンピューターが解読できる機械語(本件の場合2個の16進数を単位として表現される。)に変換した上、これを電気信号の形で本件機械のROMの記憶素子に固定して収納されていること、右記号語から機械語への変換は、右両言語が一対一の対応関係にあるため機械的な置き換えによって可能であり、そこに何ら別個の著作物たるプログラムを創作する行為は介在しないこと、このROMに電気信号の形で固定して収納されている本件オブジエクトプログラムは、ロムライター等の複製用具を用いて、他のROMに電気信号の形で収納することができるものであり、B社らは、右の手段で本件オブジエクトプログラムを他のゲームマシンのROMに収納したこと、そしてROMは、プログラムを収納すると、一定の操作によつてこれを消去しない限り、プログラムを記憶し続け、右ROM内の情報(プログラム)はコンピユーター・システムの電源スイツチが入ると中央演算装置(CPU)によつて読みとられ、CPUが順次その命令を実行し、ゲームマシンの受像機面上に本件ゲームの内容を映し出すものであることが認められる。

 右事実によれば、本件オブジエクトプログラムは本件プログラムの複製物に当たり、B社らの本件オブジエクトプログラムを他のROMに収納した行為は、本件プログラムの複製物から更に複製物を作出したことに当たるから著作物である本件プログラムを有形的に再製するものとして複製に該当する。」

 長いので分解しながら解説したい。

 まず、判決は、(a)アッセンブリ言語を機械語に変換することは、一対一対応の機械的な置き換えであると位置づける。次に、そのようにして得られた(b)機械語を電気信号(デジタルデータ)に変換してROMに記録した場合、ROMは記録されたデータを保持し続け、後にそれを読み出すことが可能であることを指摘する。以上を踏まえて、判決は、(a)(b)で、本件プログラムの複製にあたり、ROMは本件プログラムの複製物であるとする。そして、(c)Yが、ROMから読み出した本件プログラムを別のROMに記録することは、複製物から新しい複製物を作ることになるとする。非常に整然とした論理展開といえる。

 ところで、Yの行為は(c)だけであるから、判決は(c)のみについて判断すればよかった。しかし、先にも述べたように、当時は、著作物をデジタル形式で記録することが複製に当たるかが未だ明確ではなかったため、(a)(b)についても、念のため判断したのだろう(もし、著作物をデジタル方式で記録したものが複製物でないとするなら、それから別の記録物を作ることも複製ではないのではないか、との疑問を生んでしまう)。


(3)判決の意義

 コンピューター・プログラムが著作物になり得るか、著作物をデジタル形式で記録することが複製に当たるか、いずれも今となっては、当たり前ともいえる事項である。しかし、今、私たちが当然の前提としていることが、昔から変わらず当然の前提だったとは限らないのである。今回の判決があってこそ、私たちは、先の2つを、当然の前提と考えることができるのである。その意味で、本判決は、コンピューター・プログラムの著作権による保護の先駆となった点ばかりでなく[14]、デジタル記録の著作権法上の取り扱いを明らかにした点でも、その大きな意義を評価することができるだろう。


★プラスアルファ

・ゲーム・コンピュータクラスタ向けプラスアルファ

 スペースインベーダーのハードは、CPUにインテルの8080を使用していたとのこと(メモリは8KB!)[15]。パーソナルコンピュータの歴史的名機PC-8001CPUには、i8080の上位互換であるZ80NEC製の相当品・・・うーん分かりづらい・・・を搭載。標準メモリは16KB)が登場したのは1979年。実はその前に、身近なところに(それとは知らず)インテル製のCPUが普及していたことになる。冒頭触れたように、ゲームも画期的であったが、ハードも当時の最新技術であったことが指摘できる。


・著作権クラスタ向けプラスアルファ

 この事件では、実際の複製行為はB社やC社で行われているわけであるが、判決は、

Yが注文を受けた顧客のゲームマシンのコンピユーター・システムの基板を取り外して、これをB社らに持ち込み、右基板に取り付けられたROM又は必要に応じて追加したROMに本件オブジエクトプログラムを収納せしめた行為は、B社らをYのいわば手足として使用したもので、Y自身が本件プログラムの複製行為をしたものと評価できる。」

と述べてYによる複製と評価している。さりげない形で、手足論が活躍しているのである。

 なお、この判決の署名押印欄を見ると、裁判長は牧野利秋先生であり、設樂隆一先生も合議体に加わっておられたことが分かる。




<補足2>
 導入部分とプラスアルファ部分を、少し軽い目に書き換えた。

<補足>

 確か、スペースインベーダー登場35周年の頃から、この「テレビゲームと著作権のXX年史」をまとめたいと思っているのだが、なかなか進まず5年が経った。今日、HDDを色々と整理していると、企画を思いついたときにまとめたパイロット原稿的なもの(の書きかけ)が出てきたので、時間の経過を加味しつつ、足りなかった分を書き足して、完成させてみた。

 著作権に興味があり、を少し知っている人を主たる読者と考えてまとめたつもりだが、もっと、基本的な概念から説明しないとダメかなあと思案中。

 もし、評判がよければ、第2章以降も(遅々として)書くかと思います。そのときはもうちょっと工夫しよう。

 ちなみに、一応取り上げようかと思っている判決:

  第2章 パックマン事件

  第3章 ディグダグ事件

  第4章 三国志V事件

  第5章 ときめきメモリアル事件

  第6章 中古ソフト事件

  第7章 RGBアドベンチャー事件

  第8章 ギャロップレーサー事件

  第9章 釣りゲーム事件

  第10章 プロ野球カードゲーム事件

  第11章 TBD

  第12章 TBD





[2] http://spaceinvaders.jp/about.html なお、カラーに見えるが、実際は白黒ブラウン管に、色セロハンを貼り付けたもの。懐かしい。

[6]本家タイトーのものと、後に見る後続参入企業の同種のゲームをあわせて、当時、インベーダー・ゲームと総称したので、それに倣うことにする。

[7]参考までに、当時の大卒初任給は約11万円だった(http://nenji-toukei.com/n/kiji/10021/大卒初任給)。

[8]朝日新聞1979427日朝刊8面。

[9]読売新聞・前掲注3

[10]読売新聞1979413日夕刊2面参照。

[11]タイトーのサイトによると、「スペースインベーダー・パートU」が正しい表記のようであるが、ここでは、判決の表記に従うことにする。

[12]東京地判昭和57126日無体裁集143796頁。

[13]阿部浩二・著作権判例百選(第1版)35頁参照。

[14]13参照。


2017年01月01日

授業

 法科大学院
   知的財産法U
   知的財産法務ベーシック・プログラム
   知的財産法務ワークショップ・プログラム
   企業内リーガルセクションフォーラム・プログラム
   テーマ演習(技術革新と知的財産法)
   テーマ研究(企業内法務とキャリア)
   リサーチペーパー
   エクスターンシップ

 法学部
   知的財産法演習(重要裁判例から学ぶ著作権法)
   知的財産法演習(重要裁判例から学ぶ特許法)

 神奈川大学歴史民俗資料学研究科
   知的財産権特論

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2016年12月20日

企業内法務を教える中で気づいたこと(元記事)

 教えるということは、教えられる者以上に、教える者にいろいろな気付きを与えてくれるという、今更ながらのお話し2つです。すみません。

(1)今、所属校のロースクールで、企業内法務に関する科目を3コマ担当している。企業内リーガルセクションフォーラム・プログラムという、法科大学院から企業内法務への接続を容易にするために、企業内法務を概観する授業(端的に言えば、法務部門の新人研修の一部前倒し)を春学期と秋学期に1コマずつ計2コマ、そして模擬契約交渉や模擬トラブル対応などの演習中心の実務基礎科目1コマである。
 実際授業を開始するまでは、かつて企業法務部門に所属していた際に行っていた法務社員向けの研修の要領かなとイメージしていたのだが、いざ始めてみると大きく違うことに気付いた。法務社員であれば、たとえ新人であっても、現場最前線にいるのは間違いなく、肌感覚で、仕事とは何か、会社とは何か、経営とは何か、企業内法務とは何かを日々感じている。そして、そのことを当然の前提として、研修は設計され実施される。しかし、学校の場合、受講者は学生であるため(しかも多くは社会人経験を有しない)、企業内法務について語る前に、そもそも仕事とは何か、会社とは何か、経営とは何かを説明しなければならないのである。逆にいえば、企業内法務が、どれだけ、会社や経営と結びついたものかを改めて認識した次第である。
 また、授業を進める中で、実務に関する科目とはいえ、実務経験のない学生に、教室内で実務を実務として教授するのは、水泳経験のない者を畳の上で泳がせて泳ぎ方を教えるようなものであって、決して効率的ではないことも気付いた。やはり、教室での教育には、一定程度抽象化・体系化した知識を教えることが求められる。基礎的な知識を一応身につけた者に経験させると、知識は定着し、経験を素早く吸収するのではないかと思っている。
 そこで、授業では(乏しい)経験からひねり出すようにして、企業内法務についての考え方を自分なりに抽象化、体系化して解説しようと努力している。(全15回の授業の内、企業内法務の最前線で活躍されている方をゲスト講師として計7回招いているが、ゲスト講師の授業を楽しみにしているのは学生ばかりではなく、私も楽しみにしている。それぞれの講師の、企業内法務観を90分間聴けるのは、滅多にない機会で大変贅沢な話しだと恐縮している。)
 例えば、(あくまでも私見であるが)企業内法務担当者に求められる汎用的基礎力として、リーガル・マインド、ビジネス・センス、マネジメント・スキルの3つを提唱しているのだが、企業内法務について授業を担当しなければ、ここまで煮詰めて考えることはなかったろう。
 いずれの気付きも、最前線で実務に携わられている方からすれば、何を温いことを、とおしかりを受けるかもしれないが、企業内法務教育を担当する立場を活かした形で、企業内法務と向き合い、企業内法務業界(?)になにがしかの貢献ができればと思っている。

(2)ロースクールの他にビジネススクールにも出講しており、そこでは、企業法務全般についての概説講義を担当している。受講生のほとんどは、法学部出身者ではなく、また社会人経験を有する者も多い。
 あるとき授業で、特許権制度の概要を解説したことがあった。特許権の一生として、出願>出願公開>審査請求>審査>特許査定>設定登録>存続期間満了、という大きな流れを、ところどころ大学入試にたとえながら説明した(例:「大学入試の場合願書を出す、すなわち出願することをしないと始まりませんが、特許権もそれと同じで、まず出願が必要です。」「審査は、入試の採点みたいなものです。特許査定は合格通知。そして、入学するためには、合格通知をもらっただけではダメで、入学手続きが必要なのと同様に、特許査定を受けて設定登録しないと晴れて特許権は発生しない」など)。
 一通りの説明終了後、ある学生が挙手して「出願公開は避けられないのですよね。そして、特許権が発生するのは、審査を経て設定登録をすませてからなのですよね。とすると、公開から設定登録の間までに、公開された情報をみてマネされたらどうなるのでしょうか。発明した会社としては損害を受けることになると思うのですが。」という趣旨の質問をしたのである。いうまでもなく、この質問は、出願公開による補償金請求権制度の制度趣旨を端的に言い表している。
 素晴らしい質問に、正直驚いた。自分が特許法について初めて学んだときのことを思い出すと、制度として説明されて初めて、なるほど確かにそういう不都合があるなあ、と思ったものであるが、質問した学生は、自力で、その不都合に気付いたのである。
 そのとき思ったのは、自分は法律や法制度を、いつの間にか、何か自立した存在・対象のように捉えているのではないか、ということであった。実際には、社会や経済の仕組みと結びついて存在しているにもかかわらずである。特に、企業法務に関わる法律は、企業活動に密接に結びついている。結果、具体的な法律は知らなくても、企業活動自体をよく理解していると、そこから思考を進めれば、関係する法律の要諦に、自ずとたどり着けるのである。
 これは、かなり示唆的かもしれない。経営者が、ビジネス部門が、法務の説明を理解してくれない。往々にしてあることなのだが、その原因は、先方の理解不足もあるだろうが、一方で、法務の側が、彼・彼女らと同じ程度にビジネスを理解できていないために、ビジネスサイドの思考の進展を促せていない可能性があるのだろう。
 このときも、教えることは、教えられる以上に、学ぶことが多いのだと気付いた次第である。

 日々勉強である。